『フロー体験』としてのノコギリ木工

昨年、大腸憩室炎という中高年あるある病で一週間ほど入院したのですが、その時息子1号がなかなか気の利いた本を差し入れてくれました。

おやじ、こういうの好きだろ?って。

 

さすが24年の付き合い。

わかっていらっしゃる。

 

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息子1号が差し入れてくれたこの本に、とても腑に落ちる内容がありまして。

 

 

ミハイ・チクセントミハイという、なんだか山本山みたいな名前のハンガリー人心理学者。

私は初めて知ったけど、有名人なのかなぁ。

 

「人生をどうしたら幸せなものにできるか」というテーマに生涯かけて挑んだ人、らしい。

 

いわく、人が生きている事を実感し、自己肯定感を感じられるのは「チャレンジとスキルのバランスがとれている時」だと。

『絶対にできない事』と『楽々できる事』のあいだにある『ギリギリできるかもしれない事』に、自分の持てる能力を全て使って、真剣に取り組む事。

寝食も時の経つのも他の一切も忘れ、ひたすらその「ギリギリの課題」に没頭する事により得られる、静かな高揚感と幸福感。

 

それをミハイ氏は『フロー体験』と名付けました。

 

達成感や万能感。
フロー体験からもたらされる、自己肯定感。
それこそが、幸せである、と。

 

 

『ノコギリ木工』は、そういう「フロー体験」を得る為に、正にうってつけです。

 

創意工夫の塊である所の、杉田式ジグの数々。
それらを駆使する事により、従来木工では雲の上の凄腕職人でなければできなかった複雑かつ精緻な本格木工に、職人ならぬ我々一介のDIYerも、トライできる。

 

もちろんそれら画期的ジグとて、所詮ジグに過ぎないわけで、それを使いこなすには一定の修練は必要。それさえ使えば誰にでも簡単に同じ成功が約束される訳ではない。

 

ただ、決して手の届かない雲の上の技術を、頑張ればギリギリ手が届くかもしれない、クリア可能な課題にはしてくれる。

 

果たしてその課題をクリアできた時、「これを、私が作ったのか!?」と、自分で驚く事が出来るほどの、強烈な達成感を得ることができる。

それが、杉田式ノコギリ木工。

 

本当に、「フロー体験」そのものだと思う。

 

00大学を出て00株式会社で00の肩書きをもって、というステイタス社会を長年無事勤め上げ、さぁこれからはお待ちかね、悠々自適のセカンドライフ、、、の筈が、「それで今、あなたは何者なの?これから何をする人なの?」いう問いに窮し、自尊心の拠り所を見失い、生きる目的すら見失いつつある、そんな定年退職世代の方々にこそ、『ノコギリ木工』を、私は強く勧めていきたい。

 

そんな人達の、これまで築き上げた強烈なプライドを受け止めつつ、更にこれから先の人生を積極的に、元気に、誇り高いものへと昇華させる。

 

「ノコギリ木工」には、それほどの力がある、と、私は確信しています。

 

 

 

 

 

 

 

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